【小説】「ゴリオ爺さん」を読んだ感想

2021年9月27日

こんにちは!ぽいずみです。

この記事では小説「ゴリオ爺さん」を読んだ感想をまとめます。

※読了直後のネタバレなしの感想はブックメーターにまとめています。

尚、私が読んだのは新潮文庫出版、平岡 篤頼氏の翻訳です。

登場人物について

【主役格の登場人物】

・ウージェーヌ・ド・ラスティニャック

 ヴォケー館の住人。パリで一旗揚げたいと思っている学生。

・ジャン=ジョアシャン・ゴリオ

 ヴォケー館の住人。得体の知れないおじさん。

・ヴォートラン(ジャック・コラン)

 ヴォケー館の住人。怪しげなおじさん。

【その他の主な登場人物】

・ヴォケー夫人

 ヴォケー館の管理人。ケチなおばさん。

・シルヴィー

 ヴォケー館の従業員。炊事担当のおばさん。

・クリストフ

 ヴォケー館の従業員。

・クーチュール夫人

 ヴォケー館の住人。ヴィクトリーヌの身元引受人。

・ヴィクトリーヌ・タイユフェール

 ヴォケー館の住人。家族とは別居。

・ポワレ

 ヴォケー館の住人。

・ミショノー

 ヴォケー館の住人。

・ボーセアン子爵夫人

 ラスティニャックの親戚のおばさん。パリの中で大きな影響力を持つ。

・アナスタジー・ド・レストー伯爵夫人

 デルフィーヌの姉。

・デルフィーヌ・ド・ニュシンゲン男爵夫人

 アナスタジーの妹

・ビアンション

 ラスティニャックの友人。医学生。

物語について

この章では、印象に残ったセリフをページ順に引用しながら、感想を交えて物語を振り返ります。

一 下宿屋

ヴォケー館の住民

貧困のために余儀なくされている粗末な食事を嘲笑することによって、自分たちが実際はいま置かれている境遇以上の人間だと信じたいからなのである。

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.12

ヴォケー館に住む住民の人間性を端的に示した文章。

自分が見下す側に立つことで一定の安心を感じているものと思われるが、転じて自分たちから能動的に現状を打破しようとする気概はない。

ヴォケー夫人の人柄

ただ彼女は、身近の人間はやたらと疑うくせに、どこの誰ともわからない相手には気を許す多くの人たちに似ていた。

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.38

ヴォケー夫人の性格を評した文章。

自覚はしていなかったが、確かにこういう心理は自分にもある気がする。

なぜこのような思考に至るか考えてみたが、恐らくどこの誰とも分からない相手には他の余計なバックボーンが見えないだけに表面だけを見て信用してしまうのだろうか。

ラスティニャックの人柄

何滴かの涙が、ウージェーヌの目にあふれ出た。

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.131

ゴリオの正体を知った時のラスティニャックの反応。

ラスティニャックは打算的にゴリオに近づいている面はあったと思うが、それ以前にゴリオ爺さんの生き様に感動していた。

そもそもパリで一旗揚げたい目的の一つに家族への恩返しがあるくらいだから、ラスティニャックは華やかさに対する憧れと同等かそれ以上に愛情を大事にしている人物と伺える。

「ヴォートランの言うとおりだ、成功が美徳なんだ!」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.141

ボーセアン夫人宅をあとにしたラスティニャックの独白。

ラスティニャックはこの物語において終始、非情になってでも成功を求める心と、愛情を捨てきれない心との狭間でもがいているように感じる。

ゴリオの過去

「ジャン=ジョアシャン・ゴリオは、大革命前は、腕のいい、倹約家の、一回の製麺職人であったが、(以下略)」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.152

ここまで明らかにされていなかったゴリオの過去が語られる。

本作品を一読した後で読み返すと、この過去話の時点でゴリオの将来はすでに決定づけられているようなものだった。

二 社交界への登場

ラスティニャックの決意

「ありとあらゆる幸福をみんな、家族のところへ持っていってやりたい。(以下略)」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.167

ラスティニャックが社交界へ出るための頭金を家族から無心してもらった際の独白。

社交界へ繰り出すことが本当に家族のためになるのかは別として、ラスティニャックの魂の純潔さはこういった独白で作品中に散りばめられている。

ヴォートランの誘惑

「まだ何かを信じていた、女の愛だとかそういった、君がこれから血道をあげるいろんなばかばかしいことをな。(以下略)」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.180

金が必要なラスティニャックに対するヴォートランの誘惑。

もしラスティニャックが本当にただ己の成り上がりだけを考えている人物であれば、ヴォートランの誘いを受けるはずだった。

ヴォートランの発言は詭弁に満ちているがもっともらしいことを語っており、まったくおかしな考えというわけではないように思う。

自身の価値観に凝り固まることは愚かなことだが、その根底にある「人としてあるべき生き方」だけは見失わないようにしたい。

ラスティニャックの葛藤

「美徳に忠誠を守るということは、崇高な殉教だ!。(以下略)」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.199

ヴォートランの誘いに心を乱されたラスティニャックの葛藤。

どんな悪党だって、最初から悪党になりたかったわけではないと考える。ならなぜ悪党になるのかと言えば、一つは自分がすでに悪党だと自覚できていないため、もう一つは自制できない自分を肯定するため。

ラスティニャックの愉悦

自分がほとんど感嘆に近い関心の的となっているのを見て、彼は無一物になった妹たちや、伯母のことも、道徳的な嫌悪感のことも、もはや考えなくなった。

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.206

着飾ったラスティニャックが待ちゆく女性から羨望の眼差しを向けられた場面。

この場面のように、ラスティニャックはたびたび己の正義感を見失うときがある。

ただしそれは人としてある意味当然の揺らぎであり、ラスティニャックの人間性を疑うに値しない。

ゴリオの価値観

「あの子たちが楽しい思いをし、幸せで、きれいな格好をしていれば、絨毯の上を歩くことができれば、わしがどんな服を着ていようと、どんなところで寝ようと、どうだっていいじゃありませんか?(以下略)」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.229

ラスティニャックがゴリオにあばら屋(ヴォケー館)に住んでいる理由を尋ねた場面。

娘に対するゴリオの深すぎる愛情が語られる。

ゴリオが娘に向けた全身全霊の愛情自体はとても素晴らしいと思うが、結局、現在は娘たちからほとんど愛想をつかされるような状況となっている。

己の尊厳すら捧げてしまうのは度を過ぎた愛情で、それは相手に依存する形になるためお互いに良い結果にならないのだと考える。

ヴォートランへの抵抗

「あいつはあいつで好きなようにするがいいさ、おれはタイユフェール嬢とは絶対結婚しないぞ!」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.284

ヴォートランの計略に抗うラスティニャックの独白。

ヴォートランが話すことは非常にセンセーショナルで頷きたくなる内容だとは思う。しかしそこには人間的な品格や倫理観がない。(ヴォートラン風に言うとこの考え自体がくだらない感情なのだろうが。)

三 不死身の男

ヴォートランの挑発

「ハッハッハ、まだ君は、美徳のしみのついたおむつに愛着があるらしいな」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.303

ヴォートランの計略が順調に進んでいることに蒼白するラスティニャックへ向けたヴォートランの言葉。

なかなかどうして、ヴォートランは良心を上手く皮肉ってくれる。

確かに他人を想って自らのチャンスをふいにする、と言えば馬鹿らしいことと思われるが、ラスティニャックの言葉を借りるなら「良心に従うことは気持ちが良いことだ」。

ヴォートランの逮捕

「そりゃあなんてったって」と、彼女は言った、「あのひとはいいひとでしたよ」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.358

ヴォケー館の住人による内部告発でヴォートランが逮捕された直後のヴォケー夫人の言葉。

本作品において、ヴォートラン逮捕に至る一連の流れが最も重要な要素の一つと考える。

世間的にみればヴォートランは犯罪者だったが、ヴォケー館の住人にとっては「良い人」であり恩がある人だった。

良心に従うというのならば、「犯罪者のヴォートラン」を裁くのと「大恩あるヴォートラン」を庇うのとどちらが正しかったのだろうか。

尚、告発者は正しいことをしたと思うし、それ自体を非難する気はない。

ただし、今回の告発が全面的に肯定できない大きなポイントは「自分の利益のために告発した」ことだと思われる。

告発者はヴォケー館を追い出されることになるが、これはあくまで利己的な行いに対するまっとうな結果と考える。

四 老人の死

ラスティニャックの独白

「美しい魂を持っていると、この世間に長くとどまっていることができないんだ。実際、どうして偉大な感情が、みみっちくて、しみったれていて、浅薄な社会などと折り合ってゆけるだろうか?」

「ゴリオ爺さん」 (バルザック/著 新潮文庫)p.464

死に瀕しているゴリオを看病している際のラスティニャックの言葉。

本作を通してラスティニャックが見出した一つの結末だと思われる。

資本主義的な社会の中で、良心や愛情などといった曖昧なものに重きを置くのはときにばかげているとは思う。生きているうちは、たとえ社会が浅薄だとしても折り合いをつけなければ生きていけない。

それでも、私は綺麗ごとを謳いたい。

最期までゴリオを看取ることに尽力したラスティニャックのように。

「ゴリオ爺さん」を読んだ感想まとめ

本記事では、「ゴリオ爺さん」を読んだ感想をまとめました。

当時のパリの文化(ルールやマナー)が理解しづらいですが、それ以外は読みやすい文体とストーリーでした。

これを機に他の「人間喜劇」作品もいつか読んでみたいと思います。

それでは。

読書

Posted by ぽいずみ